イエローストーンの春 Vol.2

イエローストーンの春 Vol.2

翌日、まだ日が昇る前の早朝に宿を出て車を走らせた。朝の野生動物は活発だ。人の気配のない公園内では、昼間は山の奥に隠れている動物たちが道路脇まで降りてくる。彼らのありのままの姿が見られる、貴重な時間だ。昼間、私たちに見せる彼らの姿は、ある意味よそいきの姿なのではないかと思う。人が多く行き交う時間帯、私たちが周囲に目を凝らしているのと同じように、彼らも警戒の目で周囲を見ている。

アラスカを拠点に多くの動物たちの姿を見てきた写真家の星野道夫さんの本で、「国立公園の野生動物は、野生であって野生ではない」というような言葉があったのを覚えている。私が今見ている彼らの姿も、よそ行きの姿でしかないのだろう。彼らの生きるべき場所である自然の中に、私たち人間は足を踏み入れた。本来は彼らのものであるはずの場所で、夜中から早朝という短い時間の間だけしか本来の姿に戻れないというのは、なんとも悲しい事実だ。

私は、早朝の自然の中が好きだ。辺り一面に満ち満ちている木々の香り、朝の挨拶を交わしているかのような鳥たちのさえずり、朝露に濡れた草花……。すべてが冴え冴えとしていて、神秘的な空気に包まれている。朝の静寂には、何か特別なエネルギーを生み出す力があるのではないかと思う。この特別な時間を毎日味わうことのできる野生生物たちは、私たち人間が持ち合わせていない、特別な感覚を持っているのだろう。目まぐるしい世界に生きる人間と、太古から続くありのままの自然に生きる動物とでは、やはり根本的に異なる。

イエローストーンが有名な理由の一つに、熱水泉がある。公園の敷地内では、そこかしこで地中から温泉が湧き出ているのだ。気温が下がり、冷え込む早朝は特に、あちらこちらから湯気が立ち昇っており、その多さに驚く。湧き出た温泉は地表の泉から溢れ出て、川へと流れ込む。そのため、ここでは川の水温も高い。早朝や冬場は空気の方が水温よりも低いため、川や湖から湯気が上がる不思議な光景が見られる。

ひとくちに温泉といっても、種類はさまざまだ。しゅうしゅうと煙を吹き上げる温泉、泥の混ざった沼からゴポリ、ゴポリと大きなバブルが現れては消える温泉、コポコポと静かに音を上げる温泉。

公園の南側には、オールド・フェイスフルという間欠泉がある。何十分おきかに吹き上がる熱水泉の高さは、30メートルほどにも及ぶ。その勢いは圧倒的で、まるで大地が怒りを露わにしているかのよう。そんな光景を見ていると、イエローストーンはまさに、地球が生きている証なのだと思った。

熱水泉の集まるエリアに張られた木造道路のハイキングコースを見つけて、少し歩いて見ることにした。さまざまな温泉に興味津々で歩いていると、気がついたら3〜4頭のバイソンの群れのすぐ近くまで来ていた。刺激しないようにその場を離れようと思いつつ、好奇心から、彼らの顔をのぞき込んでみる。間近で見るバイソンは、想像していた以上に優しい目をしていた。

オールドフェイスフルから少し北へ進むと、グランド・プリズマティック・スプリングという有名な熱水泉がある。アメリカ国内で最大といわれる、鮮やかな虹色の温泉だ。熱水泉の水質とそこに棲みついたバクテリアによって、赤く変色した周囲の岩場から、温泉が湧き出る泉の中心に向かってオレンジ、黄色、緑、そして深い碧へと、きれいなグラデーションで色が変化していく。

イエローストーンは、豊富な水源を誇る公園だ。その敷地内にはイエローストーン川をはじめ、多くの川と湖が存在する。この清らかな水が生み出した豊富な植物が、地域一帯を動物たちの楽園へと成長させ、生きとし生けるものを守り続けてきた。過去も現在も、そして未来までも、あらゆる生き物の物語が紡がれ、次世代へと伝え続ける神聖な場所なのだと、実感した。

旅行雑誌、情報誌の編集者兼ライター。人種や文化の違いに興味があり、世界中の国々を旅行しては、その地で見た美しい風景や人々、おもしろいと感じたものを写真に収める。