デスバレー国立公園 Vol.2

デスバレー国立公園 Vol.2

デスバレーの朝は、キリッと冷たい空気に包まれている。まだ3月だからだろう。真夏なら朝晩もかなり暑いと聞く。気温が50度まで上がるという、まさに「死の谷」になる瞬間を体験してみたいという好奇心もあるが、トラブルが生じて立ち往生してしまったらと思うと、やはり冬の間に訪れるのがベストなのだろうと自分を納得させる。

 

デスバレーの旅の2日目。今日はまず、アーティスト・ドライブに行ってみる。岩山の間を縫うように敷かれた道が約14キロ続く、一方通行のフォトジェニックなドライブルートだ。

左右に迫るのは、色とりどりの岩山が連なる風景。緑や薄いピンク、濃いピンク、オレンジ、黄金色など、まるで誰かが絵の具で山を乱雑に色づけしたかのような、不思議な光景が広がる。この辺りの砂岩に含まれる鉄やアルミニウムといった鉱物が酸化して、このようにカラフルな堆積物の丘陵が出来上がったのだという。なんだかいたずら好きのアーティストが誰も見ていない間に作り上げた、アート作品みたいだ。

くねくねと山の間を走るドライブルートは遊園地のアトラクションみたいで、なんだか楽しくなってくる。ヘアピンカーブにヒヤヒヤしたり、道すれすれまでせり出した岩山を見上げたりと、アーティスト・ドライブの探検は忙しい。この不思議で美しい景観に、昨日からずっと心の中にあった「デスバレーは実は“死”という言葉からずっと遠いところにある、素晴らしく美しい場所なのではないか」という思いが、確信に変わり始めた。

この大自然が本当は“生”の谷なのだと決定的に感じたのは、ソルト・クリーク・トレイルを歩いた時だ。乾燥した園内に、小川が流れていた。透き通った川をのぞくと、そこかしこで小さな魚の群れが元気に泳ぎ回っている。デスバレーに川が流れているなんて、想像もしていなかった。

どうやらこの川が出現するのは11月〜翌5月の間だけらしい。さらに、魚が泳ぐ姿を見られるのは2〜4月。図らずしていい時期に訪れたようだ。この体長3センチほどの魚は、パップフィッシュというメダカ科の小魚だと分かった。冷たい川の中を皆で戯れるように元気に泳ぐ魚たちを見て、なんと生に満ちた場所なのだろうと嬉しくなった。

穏やかなせせらぎが聞こえる周囲には植物が生え、鳥が羽ばたく。「死の谷」と恐れられるデスバレーが、その名前とは裏腹な本当の姿を見せてくれたような気がした。

 

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旅はまだ続く。メスキート・フラット・サンドデューンは、塩の平原と岩山が園内の大半を占めるなかで中央にポツリと広がる砂丘地帯。なぜここにだけ砂丘が広がっているのか、とても不思議だ。

せっかくだから靴を脱いで、砂の上を歩いてみる。さすがに1日中何にも遮られることなく陽光が降り注いでいるだけあり、砂の上はまさに灼熱地獄。「アチチ、アチチ」となんとか足を浮かせるようにしながら小走りで砂丘を上る。ひと山超えると向こうに新たな砂の山が現れ、またひと山越えるとまた現れ、永遠に続くようだ。

鍋で焼かれているかのような足の裏の熱さに耐えきれず、砂の丘の上で腰を下ろした。周囲にはブーンと羽音を立てて飛ぶ虫の音以外何も聞こえてこない。目に映る景色は確かにそこにあるのに、世界で一人だけのような感覚が訪れる。ただ、不安は一切ない。風が心地よく、清々しい気持ちになった。

最後にモザイク・キャニオンと呼ばれるハイキングトレイルを訪れた。何がモザイクなのだろう、と疑問がまず頭に浮かんだが、歩いてみるとなんとなく分かってくる。無数の小石がセメントで固められたような岩山や、地層にヒビが入ってモザイクのような模様を描く岩壁。長い年月をかけて自然が造り出したとは思えないユニークな造形美が、その名称の由来なのだろう。

早朝か夕方にハイキングをすると、ビッグホーン・シープに出会える確率が高いという。淡い期待を胸に抱いて歩いたが、今回は彼らに出くわすことはできなかった。これも自然の成り行きだ。次回また訪れた時に、楽しみをとっておくのもいい。

夏は致死的な危険と隣り合わせのデスバレー国立公園。草木も動物もおらず、水もない荒野のイメージをずっと抱いてきたが、実はこの過ごしやすいシーズンに訪れれば“生”に満ちた美しい公園なのだと、身にしみて感じた旅となった。