言語っておもしろい

言語っておもしろい

いろいろな国の言語に触れていると、言語とはおもしろいものだとつくづく思う。その国の文化や習慣によって表現の仕方が違う時もあれば、まったく同じ表現があることを知り、驚く時もある。異なる大陸、異なる人種、国境という名の壁で区切られ個々に築き上げられた言語は、まったく別のもののようであって実はそうでもない。

私が日本語に関して素敵だと思うのは、自然の営みに対する表現の豊かさだ。たとえば「風」。英語では「Wind」だが、日本語では春一番、青嵐、木枯し、つむじ風など、季節や風の強さ、向きなどによって実に2000ほどの名前がある。雲や雪、雨なども同様に、季節や大きさ、形によって表現は多彩だ。それぞれ英語にもいくつか異なる表現はあるが、日本語ほど種類が多いわけではない。こういうところに私は、日本という国が独自に築いた情緒というものを感じて嬉しくなる。

文化の違いが言語表現に反映されることもある。先日、ニュース番組でカブトガニの話をしていた。そこで私は、カブトガニを英語では「Horseshoe Crab」と言うことを知った。日本人にとっては、帽子のように丸くてトゲトゲとした形の硬い甲殻がまるで武将の兜のように見えたことから、カブトガニと名付けられたのだろう。一方、西洋では馬の蹄のような形に見えたことからこの英語名がついたようだ。

また、魚のマンボウの由来は諸説あるようだが、一般的には「満方」「円魚」から来ているという説を聞く。「満」も「円」も丸い形を表しているそうだ。地方によっては、マンボウが海面に浮かぶ様子が大木が浮かんでいるように見えることから「浮木(うきぎ)」など、別名もあるらしい。一方、英語では「Sunfish」という。これは、マンボウが海面に浮かぶ姿が太陽のように見えたことからついたのだそうだ。国や文化の違いによって物の見え方が異なるなんて、おもしろいではないか。

私が特に驚いたのは、ことわざだ。それまで私は、ことわざというのは日本独自のものだと勝手に思い込んでいた。しかし実際のところ、同じ表現が英語にもあるらしい。たとえば「一石二鳥」。英語では「Kill two birds with one stone」という。どちらも直訳すると、一つの石を投げて2羽の鳥を得るという意味。日本語も英語も、表現方法がまったく同じではないか。また、「知らぬが仏」は英語で「Ignorance is Bliss」という。こちらも同じ表現だ。

文化によって多少表現が変わるというなら分かるが、まったく同じ表現ということに最初は驚きを隠せなかった。同じ言語とはいえ、これらのことわざはまったく別の大陸、別の国でそれぞれ発展した表現ではないのだろうか。それとも、どこかの国で発生した表現が各国語に訳されて広まったのだろうか。もし前者であれば、すごいことではないか。

そのほかにも、日常会話で使うような表現で興味深いものがある。たとえば、何もやることがなくただ時間が過ぎていくことを日本語では「時間を持て余す」と言うが、英語でも「Have time on one’s hands」と言う。時間というのは手に持つことはできないものなので不思議な表現だなぁと思っていたが、英語でも日本語と同じ表現方法をとっているのだ。

つまるところ、環境も文化も違うとはいえ、人々はそれぞれの生活範囲の中で皆同じようなことを考えて生きてきているということなのだろうか。国は違えど、行き着くところは皆同じ。実に興味深い。

そんなくだらないことを考えながら、私は暇な時間をボーッと過ごしている。