世にも奇妙なワンダーホール

世にも奇妙なワンダーホール

我が家のバスルームの天井には大きな穴が空いている。信じられないと思うが、これが本当の話だ。

ことの始まりは換気口からの水漏れだった。

我が家のバスルームには、便器の真上の天井に換気口がある。ある日、この換気口からポタリポタリと一定のリズムにのせて液体がこぼれ落ちていることに気がついた。トイレで用を足そうと思い便座に座ると、真上から液体が落ちてくるのである。これはいかん、と思った私は早速ランドロード(大家さん)に連絡し、状況を見て欲しいと依頼した。

かくして、事前に連絡のあった日時に修理工がやって来た。彼はひとしきりバスルームの天井を点検した後、「天井を壊して中を見てみないと水漏れの原因は分からないよ」と言う。原因が分からないことには問題解決もできないので、天井を壊して確認して欲しいと伝えた。

それから20〜30分ほど経った後、バスルームにいる修理工に呼ばれて見に行くと、原因が分かったと言う。どうやら上の階のバスルームの水道管が緩んでおり、そこから水漏れしていたのが原因だったようだ。液体は普通の水で、汚い液体ではないから安心して良いよ、と言われた。また、水漏れはだいぶ前からあったようで、天井裏が水浸しになり木材が腐ってしまっていると言う。

まずは水道管を塞ぎ、その後、天井裏をしっかりと乾燥させたうえで天井を塞ぎ直さなければならならないのだそうだ。じゃあそれでお願い、と言うと、「僕はプラマー(配管工)じゃないし、天井を塞ぐこともできないから今日はこのままで帰るよ。あとはランドロードと相談してね」とだけ言い残して颯爽と帰っていった。

後に残されたのは、天井の大きな穴と壊した際に出てきた瓦礫の屑。金槌でも使って壊したのだろう。直径50センチほどの歪な形をした穴が、便器の真上の天井に堂々と空いていた。

日本であればこんなことは考えられない事態だ。開けた穴は閉じる。問題が見つかればその日のうちに解決して帰っていく。それが日本で働く修理工の使命であり、ジャパニーズクオリティなのである。

しかし、ここはアメリカだ。日本で考えられないことが普通に起こる国である。日本の当たり前をアメリカの当たり前と思ってはいけない。今日解決できないものは明日、明日解決できないものは次回、永遠に解決できないものは永遠に壊れたまま。ちなみに、我が家の冷蔵庫の冷却システムがだいぶ前に機能しなくなり、これまでに20回ほど修理工を呼んでいるのだがいまだに直してもらえていない。仕方がない、それがアメリカなのだから。

こうして我が家のバスルームには、通常ならあるはずのない大きな穴が出来上がった。
私はこれをワンダーホールと呼ぶことにした。

水浸しの天井裏は、自然乾燥で完全に乾くまで待つという。その間、ワンダーホールを塞ぐことはできない。

この日から、ワンダーホールと私の共同生活が始まった。

バスルームに入るたびに天井裏の湿った匂いがむわんと鼻を突く。さらに恐ろしいのが、便器の真上にこのワンダーホールが鎮座しているということだ。便座に座って用を足すたびに、このワンダーホールから今にもネズミやムカデが落ちてくるのではないかと気が気ではない。目線も自然と真上に向き、ワンダーホールと私の睨み合いの攻防戦がしばしば繰り広げられた。

最初はこのいらぬストレスにうんざりさせられていた。しかし、人間というものは否応なく与えられた環境にも時間が経てば慣れていくものである。1カ月も経てば、ワンダーホールとの共同生活も当たり前のものになってしまった。バスルームの天井に穴? あぁ、そりゃぁあるよね穴は。といった具合に、ワンダーホールは私にとってそこに当たり前にいるものと化したのである。

後日談だが、今現在ワンダーホールはキレイさっぱり消えてなくなっている。4カ月ほどの歳月をかけて、天井の大きな穴はついに塞がれたのである。これを長かったというべきか、案外短かったというべきか。

これが世界が敬う偉大な国・アメリカなのである。