危機一髪、アメリカの詐欺電話こわい

危機一髪、アメリカの詐欺電話こわい

この恐ろしくもあり腹立たしくもある、そして後になってみればちょっと笑える今日の出来事を、誰にも話さずにいられるだろうか。いや、いられない。

先日、私は人生で初めて詐欺電話というやつに出くわし、危うく引っかかりそうになった。

朝9時頃、いつもと同じように会社のオフィスに到着し、パソコンを開いたちょうどその時、1本の電話がかかってきた。相手はワシントンD.C.にあるソーシャルセキュリティ本部の者と名乗る男だ。

「あなたのソーシャルセキュリティナンバー(SSN=アメリカの納税者番号)が、ある犯罪者に悪用されています。重大犯罪を犯してコロンビアに逃亡中とみられるその危険人物は、現在テキサスで指名手配されています。SSNが漏れた原因に心当たりはありますか? 最近テキサスには行きましたか? 〇〇という男をご存知ですか?」

スペインだかインドだかの訛りが入ったなんとも聞き取りづらい英語で突然の質問攻撃を受けて戸惑いつつも、相手の確固たる声に、純真無垢な私はあっさり信じてしまった。え、嘘やろ、なにそれ勘弁してよ、と頭の中は大パニック。まずはSSNが私の番号で間違いないか本人確認の質問をいくつか受け、その後「あなたのSSNに紐付いている銀行口座や投資、賃貸などが今日中にすべて凍結されます。あなたが犯罪者と関係ないことが証明されるまで、身動きが取れなくなります」などともっともらしいことを冷静な声で言われた。

「とにかく早急な行動が必要です。まずは今すぐ銀行に行って、当面必要なお金を下ろしてください」と、相手は今すぐ銀行に行くことを強要。そして、この会話はあなたの無実を示す証拠になるから電話は切らずにこのまま行動してくれ、という要求を受けた。この時、その謎の要求に若干胸に引っかかるものを感じた。思えば、この時点で周りにいた人間に相談をすればよかったのだ。若干の不信感を抱きつつも、口座番号を聞かれたわけでも金をどこどこに持ってこいと言われたわけでもなく、今からアポとるから明日にでも最寄りのソーシャルセキュリティオフィスに行ってくれというもっともらしい話に、信じる気持ちが優ってしまった。

パニックになりながらも相手の言う通りまずは銀行に行き、1000ドル下ろした。ATMでは1日に500ドルまでしか下ろせないので、残りの500ドルは窓口で下ろす。その時ももちろん、相手の要望通り電話回線は繋がったままだ。「窓口でお金を下ろす間、電話は繋いだままですが、こちらからは話しかけません。あなたも私に向かって話しかけないでください」と電話口の男。後から考えれば、この指示も明らかにおかしい。

必要な金額を下ろしたことを確認すると、男からは「では、次に1番近くのターゲット(ショッピングストア)に行ってください」との指示。ここで私の中に、大きな疑惑の念が湧き上がった。

は? なぜターゲットに行く必要があるの?

その疑問を相手にぶつけると、次の指示はターゲットに着いてから話します、と一点張りの男。いや、意味が分からない。ターゲットで何をするのか今言ってくれと私が粘ると、今下ろした現金をギフトカードに変える必要がある、と男は答える。なんでギフトカードに変える必要があるの、としつこく聞くと、なんだか納得できるようなできないような微妙な説明を受け、これは怪しいと疑いがさらに膨らんだ。

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あなたの話はおかしい、と口論していると、ボスに変わります、と別の男が電話口に登場した。さきほどの男よりもさらに強い訛りの英語で、口を挟む隙を与えず早口で何やらまくし立ててくる。マウントを取ろうとせんばかりの威圧的な態度にイライラして、「あなたの英語が理解できない。分からないから納得できない」と言うと、男は突然ブチギレて大声で罵倒してきた。

私の話を聞こうともしない相手に私も完全に頭に来て、「はぁ? 人の話を聞けよ! だいたいお前誰だよ! どっから電話かけてきてんだよ! 納得できるように説明しろよ!」と真っ昼間の大通りで思わず電話に向かって怒鳴り散らした。すると、突然電話の相手が最初の男と入れ替わり、「落ち着いてください。私たちはあなたを助けるために動いています。今行動を起こさないと、あなたが凶悪犯と間違って逮捕され、国外追放にもなりかねません」と冷静な声で諭してきた。

めっちゃ怪しいやんか、と思いつつも、万が一本当に国外追放されたらという恐怖と、お金をくすねられるような要素がまだ会話の中に出ていないということもあり、何が正しいのか判断できない私はとりあえずターゲットへ向かった。

自分の中に浮かび上がった疑惑を完全にぬぐいきれない私は、現金を500ドルだけギフトカードに変えた。男には全額をギフトカードに変えたと嘘を伝えると、「では、このお金が犯罪に使われたわけではないと証明する必要があるので、ギフトカードに書かれている番号を教えてください」と言う。ここで私はやっと、あぁ、これは完全に怪しい、とはっきり悟ったのである。

「なんでカードの番号をあなたに伝えなきゃいけないの」とまたもや口論していると、電波が悪かったのか幸運に恵まれたのか、突然電話が切れた。すぐに先方から再度電話がかかってきたが、それを無視してまずは会社へと戻る。同僚にこれまでの流れを話すと、「それはきっと詐欺だろうね」と。一大事になるような重要な個人情報は相手に伝えていなかったので、おそらく今後大きな被害に遭うことはないだろう、という結論に至った。

自信を取り戻した私はその後、20回ほどかかってきた電話をすべて無視。ターゲットでしか使えない500ドルの無駄なギフトカードは残ったが、ことなきを得た。

アメリカの詐欺電話は、オレオレ詐欺といった単純な日本の詐欺電話とは手口が異なる。今回のように、SSNが悪用されているといったケースをはじめ、あの手この手ともっともらしい理由をつけて騙しにかかってくるのだ。今回の出来事が、日々気をつけていないと騙されるなぁ、と教訓になった。

それにしても、普段英語を話す時は頭をフル回転して集中しないと会話についていけない私だが、切羽詰まるとああも罵倒がスラスラと自然に出るものなんだなぁと、人間の潜在能力に感心してしまう。