島根県の石見地方に伝わる勇壮な伝統芸能・石見神楽

島根県の石見地方に伝わる勇壮な伝統芸能・石見神楽

島根県西部、石見地方で古くから受け継がれてきた伝統芸能「石見神楽(いわみかぐら)」。その始まりは定かではないが、そもそも神楽とは日本神話に伝わる大昔にさかのぼり、アマテラスオオミカミが天岩戸に隠れた際にアメノウヅメが神がかりをして舞ったのが起源とされている。つまり、神楽は日本最古の芸能ということだ。

石見神楽は謡曲を神能化した出雲の佐蛇神能(さだしんのう)が石見地方に伝わり、その後、民衆の娯楽として演劇化されたものが起源だという説がある。今は娯楽として各地で通年公演されているが、もともとは10〜11月、その年の村の豊作・豊漁に感謝して神様に奉納する「奉納神楽」として舞われていた。現在も秋になると神社で奉納神楽が行なわれており、この時期には本来の意味合いの神楽を楽しめる。

石見神楽の演目は、『古事記』や『日本書紀』に伝わる神話をもとにしたものが30種類以上ある。スサノオノミコトのヤマタノオロチ退治を描いた「大蛇(おろち)」のように、悪者退治をベースにしたストーリーが比較的多いが、動物が出てくるものや笑いの要素を含んだもの、女同士の争いものなども。神楽にはセリフなどはないが、ストーリーは容易に理解できるものが多いため初心者でも十分に楽しめるだろう。

主人の敵討ちに立ち上がった召使いと局との女同士の戦いを描いた「鏡山」

太田市に位置する温泉津(ゆのつ)温泉では、毎週土曜に龍御前(たつのごぜん)神社で夜神楽が公演されている。神社で神楽を拝観できるという伝統的なスタイルは厳かな空気と伝統が感じられ、特設ステージで見るものとはまったく雰囲気が異なる。しかも社の中の限られたスペースで上演されるため、まさに手が届きそうなくらい間近で舞いを見られるのも魅力だ。

神楽に登場するのは、楽器を奏でたり歌ったりするお囃子と、舞いながら役を演じる役者。まずはお囃子から始まる。お囃子部隊は大太鼓、小太鼓、シャンシャンと鳴る金属製の打楽器を使う手拍子、そして笛の4人だ。楽器の音色に合わせて、大太鼓が歌のようなお囃子を口ずさむ。大太鼓は舞をリードする重要な役割だそうだ。

そこへ、舞台後ろの幕からきらびやかな衣装と面を着けた役者が登場する。神や鬼、姫、獣など、それぞれ表情が異なる面は精巧に作られており迫力がある。全国各地に伝わる神楽の中でも、石見神楽の衣装は金糸と銀糸が織り込まれて豪華なのが特徴といわれている。ひと針ひと針丹念に作られた衣装は、鮮やかな色で模様をかたどられており美しい。

物語はどれも、クライマックスに向かうにつれてお囃子や舞いが激しくなっていく。最初はか弱そうな乙女や人の良さそうな男の姿をしていた者たちが徐々に本性を現し、しまいには髪を振り乱して鬼の形相で激しく舞う姿はとにかく圧巻だ。穏やかな表情の面から一瞬にして凶悪な鬼の面に早変わりしたシーンでは、会場から大きな歓声と拍手が沸き起こった。

間近で見られる龍御前神社では、役者の額に滲む汗まで見ることができる。お囃子の太鼓の音が胸にズシン、ズシンと響くなか、くるりくるりと勇壮に舞っては武器を手に戦う役者たちの姿には言いようのない迫力があり、会場にいるすべての観客が釘付けに。役者がまとう衣装は、舞いに合わせてひらりとはためくごとに金糸や銀糸がキラリと光り、荘厳さを一層際立たせる。美しい動きをこのように細部まで見ることができるのは、本場の会場で拝観する特権といえるだろう。

緻密に表現された面もきらびやかな衣装も、すべてが美しい

現在、石見神楽は大田市や江津市、浜田市、益田市、津和野町などさまざまな地域で公演されており、地域によって舞いの特徴が異なる。神楽の舞台としては、もっとも伝統的な神社の祭壇のほか、特設ステージとして設けられたやぐらや地域のホールがある。本場の雰囲気を味わいたいなら、やはり神社での公演がおすすめ。石見地方には、神社の境内に神楽を舞うための神楽殿が設置されているところも多いそうだ。

神話の舞台となった土地で連綿と受け継がれて来た、神々の世界を感じられる伝統芸能・石見神楽。世界遺産である石見銀山や温泉地など、見どころの多い石見地方に来たらぜひ、石見神楽も拝観していただきたい。

龍御前神社の神楽舞台

旅行雑誌、情報誌の編集者兼ライター。人種や文化の違いに興味があり、世界中の国々を旅行しては、その地で見た美しい風景や人々、おもしろいと感じたものを写真に収める。