異国情緒漂う長崎市内の歩き方

異国情緒漂う長崎市内の歩き方

九州の北西に位置する長崎は、古い時代から重要地点として繁栄してきた土地。とくに長崎市は貿易港として、国内のみならず海外からも多くの人々が集まり賑わっていた。市内を歩けばあちらこちらで、今も歴史の面影を残す建物や史跡を見ることができるだろう。

長崎市の町の特徴のひとつが、長崎電気軌道と呼ばれる路面電車。かつてはチンチンと警鈴を鳴らして走っていたことから、チンチン電車の名で親しまれていた時代もあった。大正4年に開通してから約100年、原爆や大水害などの災害を乗り越えて今もなお住民の生活を支えている。路面電車は長崎の中心街を四方に走っているため、観光にもおすすめだ。

そんな交通の便もバッチリな長崎市街の見どころを紹介。

 

洋館が立ち並ぶ「グラバー園」


まずは路面電車で南山手方面へ向かい、一大観光スポット「グラバー園」へ。ここは諸外国へ向けて開港していた幕末〜明治期に日本を訪れ、長崎市内で居住していた外国人貿易商たちの洋館を移築復元した施設。トーマス・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築「旧グラバー住宅」をはじめ、「旧リンガー邸」「旧オルト邸」など美しい邸宅がいくつも集まっている。

各邸宅内には、持ち主だった人物の歴史や日本との関わりなどを解説するパネルや展示物があり、リビングや寝室などの部屋では当時の暮らしぶりが再現されている。とくに美しいのが旧グラバー邸。丘の上の一番いい立地で見晴らしもよく、邸宅も豪華だ。坂本龍馬や伊藤博文、井上馨など、幕末史に名を残す人物たちとも繋がりがあったそう。

園内からは長崎市内や海を見渡せるほか、美しい花壇があちこちに整備されており、散歩するだけでも楽しいスポットだ。日本で初めて西洋料理を作ったとされる「旧自由亭」は喫茶室になっており、スイーツやオランダ人が考案したダッチコーヒーなどを堪能できるので、休憩がてら立ち寄ってみては。

キリシタンの歴史を伝える大浦天主堂


グラバー園のすぐ近くには、長崎におけるキリシタンの歴史を伝える大浦天主堂がある。江戸時代の禁教期を経て日本開国後、潜伏キリシタンが信仰を告白した「信徒発見」の教会だ。

木々の間から顔をのぞかせる白亜の教会は、1864年に建設されたゴシック様式。内部天井はリブ・ヴォールトと呼ばれるアーチ型の入り組んだこうもり天井で、左右には色とりどりの美しいステンドグラスが並ぶ。教会では今も信者のためにミサが実施されているので、マナーを守って見学しよう。

 

オランダさんの面影残る、オランダ坂


大浦天主堂から少し北上すると、オランダ坂と呼ばれる路地が張りめぐらされたエリアがある。この辺りは東山手と呼ばれる地区で、石畳の坂道が続き、旧長崎英国領事館や東山手十二番館などの洋風住宅が左右に点在している、国の重要伝統的建造物群保存地区だ。

昔は出島にオランダ人が多く住んでいたため、西洋人を「オランダさん」と呼んでいたそうで、「オランダさんが通る坂」という意味合いでこの名がつけられたのだという。洋風建築やレンガ塀など異国情緒溢れる風景が広がっていると思えば、所どころに和風の石塀があったりと、和洋が織り混ざった不思議なエリアだ。洋風住宅は内部を公開しているところもあり、狭い路地を散策しながらぶらり歩きをするのが楽しい。

 

貿易の拠点・出島


もう少し北上すると、左側に姿を表す小さな島が出島。江戸時代の鎖国期に、海外に向けて日本で唯一開かれていた島だ。当時はこの小さな島に49棟もの建物がぎっしりと並び、大いに栄えていたという。

現在はほとんど建物が残っておらず、屋敷の遺構と解説パネルなどから当時の様子をうかがい知ることができるが、現在25棟の復元事業が進められている。2016年秋には6棟の復元が完了して一般公開、2017年秋には表門橋が一般公開と、現在進行形で進化している。これからどんどん、かつての姿が再現されていくことだろう。

 

メガネのような形の眼鏡橋


今度は出島のわきを流れる中島川に沿って、少し北東方向に進んでみると、二つのアーチが目印の眼鏡橋へとたどり着く。川面に映った橋のアーチが二つの円となり、メガネに見えることからこの名がついた橋だ。寛永11年(1634)に架設されたこの橋は、日本最古のアーチ型石橋だそう。

橋の両側には柳の木が立ち並び、梅雨の時期にはアジサイが花を咲かせる。禁教時代には唐文化の導入が進められていたため、周辺には興福寺や崇福寺といった仏寺が多数建立されたという。現在はみやげ物店や雑貨店、甘味処なども多数あり、散策にぴったり。

 

龍馬ゆかりの地をめぐる「龍馬通り」


興福寺からやや北へ進んだ寺町通りにある深崇寺と禅林寺の間から、「龍馬通り」と名付けられた細い路地が始まる。この路地は途中で坂本龍馬ゆかりのスポットを経て、風頭公園へと続く道。石畳の坂や階段をくねくねと進む道はとても細く、なんだか冒険気分だ。

途中には龍馬が仲間たちと結成した商社「亀山社中」の跡地に建てられた「長崎市亀山社中記念館」や、見晴らしのいい場所に立つ龍馬のブーツ像、坂本龍馬の銅像などが立つ。「龍馬もこの景色を見たのかな」と、思いを馳せながら歩いてみると、幕末に戻ったような気分に。狭い路地にはネコが多く、日向ぼっこしている姿は微笑ましい。

 

戦争の悲惨さを伝える「長崎原爆資料館」「平和公園」


今度は長崎駅を越えて西側へ。こちらは先ほどまでとは打って変わり、戦争の記憶を伝えるエリアだ。「長崎原爆資料館」は、1945年8月9日の原爆投下前後の町の様子を伝える資料館。原爆の惨状を解説するパネル展示のほか、熱で捻じ曲がったガラス瓶や食器、時計などの現物が展示され、当時の生々しい様子を伝える。

すぐ近くには、原子爆弾落下中心地を示す石碑が立つ公園があり、被曝当時の地層も残されている。爆心地には今も、原爆投下によって壊された家の瓦やレンガなどが大量に埋まっているという。

その隣には、平和祈念像が立てられている平和公園がある。平和祈念像の天を指している右手は「原爆の脅威」を、横へ水平に伸ばした左手は「平和」を、優しく閉じたまぶたは「原爆犠牲者の冥福を祈る」という想いをこめて作られたそう。銅像の正面には、「水を、水を」と呻きながら死んでいった被爆者たちの痛ましい魂に水を捧げて冥福を祈り、核兵器廃絶の願いをこめて作られた平和の泉がある。

 

赤レンガ造りの浦上教会


平和公園から東へ進んだところに建つのは、赤いレンガ造りが目印の浦上教会。ロマネスク様式の大聖堂はかつて東洋一ともいわれたが、1945年の原爆で建物が破壊されてしまった。現在の建物はその後再建されたものだ。周囲には被曝の遺構を示す石像などが立ち、戦争の悲惨さを伝えている。

 

稲佐山展望台の夜景


長崎市内に泊まるなら、絶対に見逃せないのが「稲佐山展望台」からの夜景。ここの夜景は北海道の函館、兵庫の神戸と並び「日本三大夜景」に数えられているうえ、夜景コンベンション・ビューローが2015年に新たに認定した「日本“新”三大夜景」のひとつにも数えられている(残りは札幌と神戸)。

麓からロープウェイで上った先にある標高333メートルの展望台から見えるのは、360度ぐるりと広がる1000万ドルの夜景。赤や白、オレンジの町明かりに加え、港の水面に映り込む明かりも合間って息を呑むような美しさだ。

 

ほかにも、廃墟ツアーが人気の世界遺産・端島(軍艦島)や孔子を祀っている長崎孔子廟、中華グルメや雑貨などを堪能できる長崎新地中華街など、市内の見どころは尽きない。さらに、長崎市内は「長崎帆船まつり」「長崎くんち」「長崎ランタンフェスティバル」など四季折々の歴史ある祭りもおすすめ。イベントに合わせて訪れてみてはいかが。

旅行雑誌、情報誌の編集者兼ライター。人種や文化の違いに興味があり、世界中の国々を旅行しては、その地で見た美しい風景や人々、おもしろいと感じたものを写真に収める。